神経はお互いにネットワークを形成し、電気的(+化学的)な信号をお互いに送り合うことで、なにかを記憶したり学習したり、手を動かしたりできます。
以前の記事でも記載したとおり、このような神経は複雑な構造と機能を持っているために、一度怪我などでその構造が壊れてしまうとその修復は困難です。例えば、背骨の骨折などによって、その中に通っている神経が損傷してしまうと、手や足が動かなくなったり感覚が麻痺してしまい、そこからの回復というのは非常に困難です。
最近の研究成果により、胎児(赤ちゃん)由来の神経細胞をその損傷部位に移殖することによって、神経の回復がうながされることがわかっていました。そのメカニズムについて解説します!
「軸索」という細長い構造は、神経が情報を受け渡すのに重要

神経は、上の図のような形をしています。左側のトゲトゲしている部分で情報を受け取ると、右側の部分から次の細胞へと情報受け渡します。またその間に「軸索」という非常に長い構造を神経は持っています。この構造は神経が長距離に渡って情報を伝えるのに重要になります。例えば、坐骨神経という神経は、腰から足先までという非常に長い軸索を持っています。
今回の論文はこの軸索が切れてしまった際のお話になります。軸索が切れてしまうと、次の細胞へと情報を受け渡せなくなってしまいます。脊髄は軸索の束ですので、例えば首のあたりの脊髄を損傷してしまうと、脳からの司令を手や足に伝えられなくなってしまい、手足が動かなくなったり、感覚がなくなってしまうという、障害が出てしまいます。
軸索を始めとする神経の構造は一度損傷してしまうと再生させることは極めて困難です。そのため、損傷してしまった軸索を再生する手法の開発は非常に重要です。
神経のもとになる細胞を移殖することによって、軸索の回復が促進
軸索の再生する手段を探索するため、研究者たちは若い神経のもととなる細胞を軸索が損傷してしまった部位に移殖してみることにしました。すると、そのような神経のもととなる細胞の移殖から1週間後には、軸索が再生し始めることがわかりました。一方で移殖をしなかった場合には、再生は全く見られません。ここから、神経のもとになるような細胞を移殖することによって、軸索の再生が促進していることがわかりました。
しかし、ではなぜそのような軸索の再生が促進されるのかはよくわかっていませんでした。
移殖により、もともといた神経細胞が若返る!?
そこで、研究者たちは、軸索が損傷してしまった細胞が移植によってどのような影響を受けているのかを調べてみました。
この記事でも記載しましたとおり、すべての細胞は同じ遺伝子(設計図)を持っていますが、その使い方が違うために、皮膚や神経といった全く見た目も機能もことなる細胞が出来上がります。また、完成したいわば大人の神経と、神経のもとになる細胞でも遺伝子の使われ方が全く異なります。
そのような遺伝子の使い方が、移殖によってどのように変わったのかを調べてみました。すると、移殖する・しないに関わらず、軸索が損傷してしまった直後では、完成した神経であるにも関わらず、遺伝子の使われ方が神経のもとになる細胞と同じようなパターンになっていることがわかりました。
損傷後しばらくすると、移殖していない場合には、徐々に完成した神経の遺伝子の使い方に戻っていきます。しかし一方で、移殖を行った場合には、神経のもとととなる細胞と同じようなパターンが2週間ほど続くということが判明しました。ここから、移殖を受けると、遺伝子の使い方が神経のもとになる細胞と近い状態が長い間続くということが判明しました。
神経の病気の原因となる遺伝子が、移殖による回復に必要
研究者たちは、さらに詳しく、ではなぜ移殖を受けることによって、遺伝子の使い方が変わってくるのかを調べてみました。
そこで注目したのが、遺伝子の使われ方を決めることができる因子の一つになります。この因子は「ハンチンチン」という名前で知られており、ハンチントン舞踏病という病気の原因として有名な因子です。
しかし、この因子がどのような機能をになっているかについてはわかっていませんでした。軸索の損傷を引き起こした際に、同時にこの因子をなくす操作を行った上で、移殖を行っても軸索の回復しなくなるということが判明しました。ここから、ハンチンチンという因子が、移殖をした際の軸索の回復に重要であることがわかりました。
病気の原因として、いわば「悪玉」であった因子が、実は良い働きもしているというのがとても興味深い点かと思います。思い込みは良くないですね!
参考文献


専門家向けのまとめ (Twitterとほぼ同じです)
- CST (corticospinal tract; 皮質脊髄路)は運動機能に重要、脊髄損傷による運動機能障害にも密接な関係
- Pten Soc3などのがん抑制遺伝子の削除やNPC (neuronal progenitor cell)の移殖により軸索の再生が確認される
- 特にNPC移殖は損傷部位への自律的な再生が観察されるなど臨床応用の期待が高いが、分子メカニズムについては不明
- CSTの翻訳状態を第5皮質特異的に観察することでその解析に取り組んだ
- C5の損傷を引き起こし、1週間後にNPCを移殖、損傷から10、14、21日後(移植3、7、14日後)の形態と翻訳状態をGlut25d2-EGFP-L10aマウスを用いて解析
- 損傷10日後では損傷部位から軸索の伸長が観察されないが、14日後にはNPCの伸長が見られ始め、21日後にはNPCとのシナプス形成なども観察される
- 翻訳状態は、GFPIPによる、TRAP法(translating ribosome affinity purification)で
- 損傷を受けていない細胞と比較して、損傷のみ受けたマウスと、損傷+NPC移殖マウスでは、損傷10日後ではどちらも大きな遺伝子変動が観察される
- 損傷のみのマウスでは、14、21日と遺伝子変動が小さくなるのに対し、損傷+NPC移殖マウスではその遺伝子変動が維持される傾向にあることがわかった。
- 変動が見られる遺伝子は、幹細胞、神経分化、軸索再生、シナプス形成などに関連する遺伝子が多い
- 変動の結果、E18の皮質ニューロン様の翻訳パターンに
- 転写因子に着目し、その中のハンチントン舞踏病の原因として有名なHTTに着目
- HTTKOは胎生致死、成体でのHTTの機能は不明
- 4ヶ月のマウスでHTTを飛ばし、損傷を加えNPCによる軸索再生を観察すると、軸索形成が大幅に抑制、HTTの神経再生での必要性が示された
- HTTの十分性は示されず、また翻訳を見ていたはずなのになぜ転写因子に??
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