【解説】脳や目などで神経細胞を新たに作り出し、神経の病気の治療へ

生命科学関連

神経の周りの補助しているグリア細胞を、主役である神経細胞に変化させることで、神経細胞の働きを補うことができるということを示した論文をご紹介します。怪我による失明やパーキンソン病など、様々な怪我や病気の治療につながる可能性が示されました。

多くの細胞と違って、神経細胞は増殖して修復できない

私達の体は、おおよそ60兆という膨大な数の「細胞」という単位から成り立っています。それぞれの細胞は様々な役割に特化した働きを持っているために、皮膚、筋肉、骨など様々な構造を作り上げることができます。

もちろん、すべての細胞が私達の体にとって重要ですが、特別重要な細胞としては、「神経細胞」が挙げられます。神経細胞は、何をしようか考える脳であったり、ものを見るための目において、いわば主役のような細胞です。

神経細胞は、命令を脳から伝えたり、お互いにコミュニケーションを取ったりする役割に特化しています。上のイメージ画像のように無数の突起を伸ばすなど、複雑な構造を取っていることもあり、なにか怪我や病気などにより神経細胞が死んでしまうと、その分を補うことはとてもむずかしいです。そのため、神経や脳の病気と怪我は、治療がとても難しいことがほとんどです。

一方で、皮膚や骨などは、切れたり折れたりしてしまい、一部の細胞が死んでしまったりしても、周りの細胞が増え直すことができるので、多くの場合大事には至りません。

ちなみに、死んでしまった後に補うことが難しい細胞としては、心臓の筋肉の細胞である「心筋細胞」が挙げられます。三大疾病と言われる、がん(様々な臓器)・脳卒中(脳)・心筋梗塞(心臓)のうち2つが、脳と心臓に集中しているのはこのためになります。

遺伝子(設計図)は同じだが、使い方が神経細胞と他の細胞で違う

そもそも、私達の体は一つの受精卵からできてきますので、すべての細胞で全く同じ遺伝子、つまり「設計図」を持っています。では、なぜ様々な機能に特化した細胞ができるのでしょうか?

それは、それぞれの細胞によって、遺伝子の使い方が異なるためです。おおよそ、ヒトは2万個の遺伝子を持っていますが、それぞれの細胞がすべての遺伝子をつかっているわけではありません。

例えば、皮膚の細胞であれば遺伝子A、B、Cを使い、神経細胞では遺伝子A、D、E、Fを使っているという具合です。遺伝子の使われ方の違いが、細胞それぞれの特性を生み出しているのです。

遺伝子の使われ方を操作することで、皮膚細胞を神経細胞に変える

研究者らは、PTBという遺伝子の使われ方を制御する因子の研究を行っていました。PTBが遺伝子の使い方を制御することで、生物にとってどのような機能を果たしているかを調べるために、PTBを細胞からなくすという操作をおこなました。

そこで、皮膚の線維芽細胞 (コラーゲンなどを作っている細胞)において、PTBの働きを抑えてみたところ、なんと神経細胞のような形へと変化していくことが発見されました!

神経細胞には、特徴が2つあり、一つは上で説明したように多数の突起が形成されること、もう一つにはその突起でつながった神経細胞同士が電気的な信号を送り合うという特徴があります。そのため、2つ目の特徴についても調べてみると、たしかに電気信号を送り合っていることが明らかとなりました。

そのため、PTBの働きを抑えることにより、皮膚の細胞が神経細胞へと変化したことになります。この発見は2013年の論文で発表されました。

目の中の「グリア細胞」におけるPTBの働きを抑えて、「グリア細胞」を神経細胞に変える

上記の成果はとても素晴らしいですが、培養皿と呼ばれる、その名の通りお皿の形をした実験器具上での成果になります。そのため、これを実際の患者さんなどで応用するには、手法の改良がまだまだ必要になります。

そのため、研究者たちは、実際のマウスの目の中で、神経細胞を新たに作り出すという難題に取り組むこととしました。先程の線維芽細胞は皮膚の中にしかいませんので、目の中にいる細胞を神経細胞へと変化させることになります。

そこで注目されたのが、「グリア細胞」です。脳や目といった神経細胞から主に作られている臓器には、神経細胞の働きを助けているグリア細胞が多数存在しています。そこで、目の中のグリア細胞 (特別にミュラー細胞と呼ばれています)におけるPTBの働きを抑えてみることとしました。

実際に試してみると、目の中において、PTBの働きを抑えたグリア細胞が神経細胞へと変わっていくことがわかりました。さらに形だけではなく、電気的な信号をきちんと発生させて、コミュニケーションを取っていることも判明しました。ここから、目の中において、グリア細胞を神経細胞へと変化させることに成功した、ということがわかります。

パーキンソン病に関係する神経細胞を、グリア細胞から形成

パーキンソン病は、手が震えてしまったり、体がこわばってしまう症状を特徴とする神経の病気です。残念ながら、現在のところ完全に治療することは不可能で、せいぜいその症状の悪化を食い止めるのが精一杯です。この病気の原因は、脳のある特定の部位における、ごくごく一部の特殊な神経細胞が、なぜか死んでしまうことにあります。

そこで、研究者らは、パーキンソン病の症状を示すマウスを使って、その部位に存在するグリア細胞を神経細胞に変化させることとしました。先程と同じように、グリア細胞の形が変わり、さらに電気的なコミュニケーションを取ることが確認され、やはり神経細胞へとしっかりと変化していることが確かめられました。更に、グリア細胞を神経細胞へと変化させることによって、パーキンソン病の症状が改善するということがわかりました。

このことは、周囲のグリア細胞を神経細胞へと変化させることにより、パーキンソン病の治療を行うことができる可能性を示していると考えられます。もちろん、今後、グリア細胞を変化させてしまうことに問題はないのか、などの安全性の確認は必要かと思いますが、非常に期待の持てる治療法が示されました!

参考文献

以下の論文を参考にさせていただきました。

こちらが2013年に示された、皮膚細胞を神経細胞に変える手法が示された論文

Direct Conversion of Fibroblasts to Neurons by Reprogramming PTB-Regulated MicroRNA Circuits
The induction of pluripotency or trans-differentiation of one cell type to another can be accomplished with cell-lineage-specific transcription factor…

こちらが2020年に示された、マウスにおいてグリア細胞を神経細胞に変える手法が示された論文になります。

Glia-to-Neuron Conversion by CRISPR-CasRx Alleviates Symptoms of Neurological Disease in Mice
Conversion of glial cells into functional neurons represents a potential therapeutic approach for replenishing neuronal loss associated with neurodege…

コメント

タイトルとURLをコピーしました